1 医療過誤という言葉を聞いたことがないという方は少ないと思います。簡単に言えば,医師がミスを犯して患者に対して死傷事故を起こすことです。場合によって刑事責任や民事責任を問われます。
弁護士も,その職務上ミスを犯すことがあり,民事責任を問われることもあります。これを弁護過誤と称します。
ここ数年,破産管財人の立場から,申立代理人の民事責任を追及したケースが何件かあります。
2 弁護士報酬の取りすぎ
(1)弁護士の報酬規程が廃止され,弁護士は個々に報酬を定めるようになりました。
通常の事件では,弁護士と依頼者との間で約束した報酬は原則として有効です。ただし,明らかに過大であり公序良俗に反すると認定される場合,無効となることがあります。
(2)他方,裁判所は,破産申立代理人の弁護士報酬については,別の観点から有効性を認定しています。例えば,次のような裁判例があります。なお,否認権については別稿「執行行為と否認権」をご参照ください。
ア)平成19年11月28日神戸地裁伊丹支部決定(判例タイムス1284号328頁)「弁護士による債務者の責任財産の保全活動としての任意整理ないし過払金返還請求や自己破産の申立てに対する着手金ないし報酬金の支払行為も,その金額が役務の提供と合理的均衡を失する場合,合理的均衡を失する部分の支払行為は,破産債権者の利益を害する行為として否認の対象となりうる」「本件のような報酬支払行為の否認事件においては,弁護士と依頼者の意思にかかわらず,他の破産債権者を害する限り報酬等の支払いを相当と認めることはできないのであるから,弁護士報酬の相当額を判断するにあたっては,弁護士が依頼者を相手方とする弁護士報酬請求事件において当事者の意思が報酬額算定における重要な要素の一つとなるのと異なり,客観的な相当額を算出する必要があるというべきである」
イ)東京地裁平成22年10月14日判決(判例タイムス1340号,83頁)「弁護士による自己破産申立てに対する着手金ないし報酬金の支払行為も,その金額が,支払の対価である役務の提供と合理的均衡を失する場合,その部分の支払行為は,破産債権者の利益を害する行為として否認の対象となる。」「弁護士報酬支払行為の否認が問題となる場面においては,弁護士と依頼者の意思にかかわらず,他の債権者を害する限り報酬金等の支払を相当と認めることはできないのであり,破産申立適正報酬額の判断にあたっては,破産債権者の存在が大きな比重を占めるといわなければならない。」
ウ)東京地裁平成23年10月24日判決(判例時報2140号23頁)「弁護士による過払金返還請求訴訟の提起及び自己破産申立手に対する報酬の支払行為は,その報酬額が客観的にみて高額であっても,破産者と当該弁護士との間では,契約自由の原則に照らし暴利行為に当たらない限り有効というべきである。しかし,破産債権者との間においては,その金額が支払の対価である役務の提供との合理的均衡を欠く部分については支払義務を負わないといえるから,当該部分の支払行為は,破産法160条3項の無償行為にあたり,否認の対象となる。」
(3)私も,これらの裁判例に則り,破産管財人として否認権を行使し,何人かの申立代理人弁護士から,受領した報酬の一部を破産財団に返還してもらいました。
3 財産散逸防止義務違反
(1)最近の裁判例で多くなってきたのは,申立代理人の財産散逸防止義務違反による損害賠償責任です。
財産散逸防止義務とは,「自己破産の申立てを受任した弁護士は,破産制度の趣旨に照らし,速やかに破産手続開始の申立てを行い,また,債務者の財産の散逸を防止するための措置を講ずる法的義務を負い,これらの義務に反して破産財団を構成すべき財産を減少・消滅させたときは,不法行為を構成するものとして,破産管財人に対し,損害賠償責任を負う」というものです(東京地方裁判所平成26年3月20日判決(判例時報2230号52頁),東京地方裁判所平成25年2月6日判決(判例時報2177号72頁),東京地方裁判所平成21年2月13日判決(判例時報2036号43頁))。
(2)弁護士報酬の取りすぎの場合は,その報酬の範囲内で返還すれば済みますが,財産散逸防止義務違反による不法行為責任を追及されると,報酬を大きく上回る賠償金を請求されることがあります。